断捨離してウォークインクローゼットが空いたので、激狭の書斎ができた。
そこに米びつの水槽を置いた。種から水草を育てて、水を入れて、真ん中が禿げたのをブロックとマンホールでごまかして、廃墟みたいな景色にした。飽きたら百八十度回して、反対側の猫といちごを見る。同じ水槽で二種類の景色が楽しめる、という設計だった。
そこまでは、よかった。

そのあと、放っておいた
書斎に行かなくなった。
いや、正確に言うと、行くには行く。ただ水槽のことは忘れている。思い出したときに、蒸発したぶんの水だけ足す。それだけを、何週間か続けていた。
しかも書斎には冷房がない。夏のウォークインクローゼットである。人間が長居できる場所ではない。
ある日、覗いた
動いていた。
水草ではない。メダカも入れていない。なのに、細いものが何匹も、上下にくねくねしている。
ボウフラだった。

隣は、寝室である
ここで血の気が引いた。
うちの書斎は寝室のとなりにある。つまり、この水槽で育ったボウフラは、羽化したらそのまま隣で寝ている人間のところへ行く。
調べたら、蚊は水面に卵を産んで、二日でボウフラになる。そこから二週間ほどで蚊になる。夏の高い水温だと、もっと早い。十日くらいで飛ぶこともあるらしい。
いつから湧いていたのか分からない。カウントダウンの残りが分からない。
生体を入れれば、食べてくれる
メダカがボウフラを食べるのは知っていた。入れればいい。
ただ、ひとつ問題があった。
この水槽には、まだ一度も生体を入れていない。
水草だけで回してきた水である。バクテリアが定着しているかどうか、確かめたことがない。そして私は、五月にエビを全滅させたばかりだった。水質が安定する前に入れて、しっぽが赤くなって、全員死んだ。
だから本当は、慎重にいきたかった。
エンドラー。ランプアイ。ブルーベルベットシュリンプ。どれもメイン水槽にいて、書斎の水槽にも入れたいとずっと思っていた。時間をかけて水を合わせて、そっと迎え入れる。そういう計画だった。
でも、そんなことをしている間に羽化する。
吸われる前に、なんとかしないと。
メダカを、掬った
メイン水槽から成魚をすくって、書斎の水槽に入れた。水合わせもろくにしていない。緊急事態だった。
翌朝。
ボウフラは、いなくなっていた。

一匹残らず。あれだけくねくねしていたのが、きれいに消えている。メダカは何事もなかったような顔で泳いでいた。
調べたら、正解だったらしい
あとで知ったのだけれど、新しく立ち上げた水槽に最初に入れる魚を「パイロットフィッシュ」と呼ぶらしい。そういう魚種がいるわけではなく、どんな環境でも耐えられる丈夫な種を選んで、そう呼ぶ。
役目は二つある。ひとつは、その水で生き物が飼えるかを確かめること。もうひとつは、フンや食べ残しからアンモニアを出して、バクテリアの餌にすること。そうしてアンモニアを亜硝酸に、亜硝酸を硝酸に変える流れができあがる。
そして定番として名前が挙がるのが、アカヒレとメダカだった。
……焦って掬ってきたやつが、教科書どおりの人選だった。

エンドラーもランプアイもシュリンプも、あの水にいきなり入れていたら、たぶん五月の再現になっていた。じっくり考えていたら、たぶん間違えていた。
ついでに知った、こわい話
ボウフラは、食べられるだけの存在ではないらしい。
メダカの卵や、生まれて二週間以内の稚魚は、逆にボウフラに食べられる。大きさが逆転すると、食う側と食われる側が入れ替わる。
うちは成魚を入れたので事なきを得たけれど、もし稚魚を入れていたら、逆に減らされていたかもしれない。
慌てて掬った手が、たまたま大きいのを選んでいた。
記録カード
| ボウフラ→蚊 | 卵から2日でボウフラ、そこから2週間ほどで蚊。夏の高水温だと10日ほどのことも |
| 天敵 | メダカの成魚。入れた翌朝には消えていた |
| ⚠️注意 | 卵や生後2週間以内の稚魚は、逆にボウフラに食べられる。入れるなら成魚 |
| パイロットフィッシュ | 立ち上げた水槽に最初に入れる丈夫な魚のこと。特定の魚種ではない |
| 役目 | ①その水で飼えるか確かめる ②フンからアンモニアを出してバクテリアを育てる |
| 定番 | アカヒレ(コイ科の温帯魚。低水温にも強い)、メダカ |
| 🔴本来は | 緊急でなければ、きちんと水合わせしてから入れること。うちは真似しないでほしい例 |
今日も角砂糖ひとカケ🧊
危うく、こっちが餌になるところだった。