朝、庭に出たら、みかんが落ちていた。

6月に植えた、小原紅早生。3個だけついていた実の、ひとつ。株元に敷いた草マルチの上に、ぽつんと転がっていた。
(誰だ)
真っ先に浮かんだのは、子どもの顔だった。
夏の水やりは、ホースの先をひねって「ビームモード」にするのが楽しいらしい。あの水圧をまともに食らったら、実のひとつくらい落ちてもおかしくない。
そう思って調べはじめたのに、出てくるのは全部、私に不利な情報だった。
生理落果は、水やりのせいでは起きない
みかんが自分で実を落とす現象を「生理落果」という。木が抱えきれない実を、自分で減らしていく仕組みらしい。
原因は、実どうし・実と新芽の養分の取り合い。水のやり方の失敗や肥料のやりすぎで起きるものではない、とはっきり書かれていた。
しかも、時期が合わない。生理落果は開花からおよそ50日で収まるそうで、みかんの花は5月。逆算すると、6月の末にはもう終わっている計算になる。
今は8月。
つまりこれは、生理落果ですらない。
疑って、ごめん。
落ちた1個だけが、色づいていた
拾い上げてみると、ピンポン玉くらいの大きさだった。
そして、あれ、と思った。
オレンジ色になっている。8月に。小原紅早生が穫れるのは、早くても9月以降のはずだ。
しかもよく見ると、上半分だけが濃いオレンジで、下にはまだ緑が残っている。全体がゆっくり色を変えていく、あの熟し方ではない。片側からいきなり抜けたような、不自然な変わり方だった。
念のため木を見上げたら、残っている2個は、はっきりと緑。

同じ木の、同じ枝の先。こちらは、まだ夏の顔をしている。
3個のうち、色が変わったのは、落ちた1個だけだった。
熟したから落ちたんじゃない。切り離されたから、色が変わった。順番が、逆だったのだ。
ヘタも、実のほうには付いていなかった。丸い穴だけが残っている。枝の側にヘタを残して、実だけが外された跡だ。
木が、この1個を手放した。そして残りの2個には、緑を保てるだけのものが、いまも届いている。
木は、自分で摘果していた。
そもそも、日本一紅いみかんらしい
ついでに品種のことも調べた。小原紅早生は昭和48年、香川県のみかん園で見つかったものだそうだ。「宮川早生」を育てていたら、一枝だけ、なぜか紅い実をつけていた。枝変わり——枝が伸びる途中で性質が変わる、突然変異の一種。
国内に約100品種あるという温州みかんのなかで、いちばん紅いといわれている。地元では「金時みかん」とも呼ばれるらしい。
つまりこの木の見どころは、その紅さだ。それを8月に、養分を止められた側から先に見ることになるとは思わなかった。
犯人は、6月の私だった
ここまで来ると、心当たりしかない。
この木は、6月に植えたばかりだ。しかも、実がついたまま。
結局、植えてしまう。——あの日の記事で、私はこう書いている。
実がもうなっているから、植えるとしても収穫を待ってから——というのがセオリーなのは、知っていた。ちゃんと、知っていた。
知っていて、掘った。
さらに調べて、もうひとつ出てきた。
みかんに実をならせるのは、原則4年目から。1〜3年目は、木を大きくすることに使う。 若い木は蕾のうちに摘んでしまうのがいいらしい。花を咲かせて実を持つだけで、木はごっそり栄養を持っていかれるから。
うちの木は、植えてまだ2ヶ月。根は新しい土を、つかみきってすらいない。その状態で、実を3個ぶら下げていた。
暑い盛りに、届かない水を探しながら、3個。
重かったのだと思う。
ビームでもなく、猛暑でもなく、6月に待てなかった私が、この実を落とした。
残り2個は、残すことにした
セオリーで言えば、残りの2個も、いま取ってしまったほうがいい。そのほうが木のためになる。それも、調べて分かっている。
でも、残すことにした。
木はもう、自分で1個減らしている。3個は無理でも2個ならいける、という判断を、木自身が下したということだ。だったら、その判断を信じてみたい——というのは、たぶん半分は言い訳で。
もう半分は、単純に、まだ見ていたい。
(また、あきらめられるかを試されている)
そういえば今年は、花のほうもさっぱり咲かない。咲かないものは咲かず、実るはずのものは落ちる。うちの庭は、なにかと控えめな年らしい。
食べられるか分からなかったので、飾った
さて、手のひらに残った1個をどうするか。
食べられるものなのか判断がつかなかったので、とりあえず、飾った。

つまようじを添えたのは、なんだか和菓子みたいに見えたからだ。菓子楊枝のつもりである。
目で楽しむぶんには、悪くない。
……と落ち着いたところで調べたら、普通に食べられるそうだ。
摘果みかんは、捨てるものじゃない
産地では、摘果した青いみかんを「摘果みかん」「青みかん」と呼んで、ちゃんと使っている。甘くはない。酸っぱい。でも、その酸っぱさが仕事をする。
- 焼き魚にしぼる——すだち・かぼすの代役
- 醤油と合わせてポン酢風に——しゃぶしゃぶにも
- はちみつ漬け、シロップ——出た汁は炭酸割りに
- ドレッシングに足す
- 輪切りにして干す
みかんとして食べようとするから困るだけで、柑橘の酸味として使えば普通に戦力になるということらしい。唐揚げにひとしぼり、あたりが現実的だろうか。
ただ、うちの1個には、もう使い道を考えてある。
朝練があるのに、いつまでも起きない子がいる。何度声をかけても布団の中。しかも、なぜか口を開けて寝ている。
あそこに、しぼる。
——と、企んでいた。
先に動いたのは、子どもたちだった
ところが、みかんはもう無かった。
あとで聞いたら、子どもたちのほうが、とっくに動いていたのだ。薄皮をむいて、種を取って、薄く切って、うちのコにあげたらしい。しかもあげる前に、スマホで調べたそうだ。犬に柑橘をやっていいのか、どこを取り除けばいいのか。
(私が、和菓子だなんだと言って眺めているあいだに)
こちらもあとから確かめてみた。みかんに犬の中毒成分はない。ただし皮・薄皮・白いすじ・種は消化に悪いので取り除く——というのが、獣医監修の記事に共通していた。子どもたちがやったのは、まさにそれだ。※カリウムが多いので、心臓や腎臓に持病のある子は量に注意
そして肝心の反応はというと、がっついたらしい。
摘果みかんである。すだちの代わりに使うような、あの酸っぱいやつだ。それを平気な顔で。レモンを丸かじりできる人が世の中にいるが、あれの犬版かもしれない。
その場面は、家族全員が見ていたそうだ。
私だけが、見ていない。
見たかった。

| 植えたもの | 小原紅早生(おばらべにわせ/温州みかん・実つき苗) |
| 作業 | 落果の記録(3個中1個・地植えから約2ヶ月) |
| 時期 | 2026年8月上旬 |
| メモ | 生理落果は開花からおよそ50日で収まる。それ以降に落ちるなら木からのSOS。若木は原則4年目まで実をならせず、木を育てることに使う |
今日も角砂糖ひとカケ🧊
こっちの赤い実は、この顔ではじける。