八月にボケが咲いた。

季節でいえば、二月から四月の木である。夏に咲くものではない。それが今朝、ピンクの花をいくつかつけていた。
せっかくなので、この木の話をさせてほしい。うちの庭で、いちばん厄介で、いちばん分からない木だ。
買ったときは、ピンクだった
木市で買った。品種名もない、ただのボケである。値札にも何も書いていなかった。
ピンクの花が咲く木として買って、実際その年はピンクだけが咲いた。
ところが翌年、赤い花が混ざった。
同じ木から、明らかに違う色が出ている。それで、こう考えた。
——下から出たひこばえだろう。
接ぎ木の苗なら、台木から出た芽が別の花をつけることがある。買った品種とは違う花が出たなら、まずそれを疑う。理屈としては、まっとうだと思う。
だから、根元から切った。
翌年、同じ枝から出た
そして次の年、また赤が咲いた。

今度は下からではなかった。ピンクの花がついているのと、同じ枝から出ていた。
ひこばえ説は、そこで消えた。
調べて分かった。これは咲き分けという現象だった。
咲き分けとは、同じ株から異なる色の花が咲くこと。ボケでは珍しくもなんともなくて、産地である新潟市秋葉区のサイトには、咲き分け品種が三十五も並んでいる。東洋錦、日月星、安田錦。名前がついて売られているくらい、ボケの世界では定番の芸だった。
品種名のない木市の苗でも、起きる。
赤が、勝つ
ここからが本題である。
咲き分けには、こういう性質があるらしい。
咲き分けの場合、赤の花が優勢となる性質のため、花色のことを考えずに剪定で枝を落とすと、徐々に赤花ばかりが咲くようになります。
放っておくと、赤が勝つ。
うちのボケは今年、八月の花がピンクだけだった。春には赤も咲いていたのに、だ。
思い当たることがある。私が赤い枝を、ひこばえだと思って切ったからだ。
赤が勝つはずの木で、赤だけが減っている。人為である。しかも、間違った理由でやった人為だ。
もう一本、あった
うちには、色が変わる木がもう一本ある。
トキワマンサク。白い花が主体で、そこに濃いピンクの枝が混ざる。

こちらも品種名を覚えていない。ただ、買った最初の年に白しか咲かなかったので、販売元に問い合わせたことがある。返ってきた答えが、これだった。
——白がメインで、ピンクが混ざっている枝を選んで販売しています。徐々に赤い枝が増えていくと、赤が勝ってしまうので。
赤が勝つ。

ボケで読んだ話と、同じことを言っている。樹種も違う、情報源も違う。それなのに同じ法則が出てきた。
うちのボケは、私が赤を切ったのでピンクが残った。うちのトキワマンサクは、業者が赤を抑えた枝を選んだので白が主体で来た。
どちらも、赤が勝つのを人間が抑えている。放っておけば、庭は赤くなる。
三本目は、違った
もう一本ある。ニオイバンマツリ。
紫と白が同じ株に混ざって咲く。写真を撮ると、いちばん「咲き分け」っぽく見える。ボケよりも、トキワマンサクよりも、はっきり二色に見える。
これも咲き分けだと思っていた。
違った。
四月十二日に撮った写真では、ほとんど紫だった。

六日後、四月十八日の写真では、白がはっきり増えている。

咲き分けなら、六日で比率は変わらない。
ニオイバンマツリは、咲き進むにつれて花の色が変わる。濃い紫から、薄い紫、そして白へ。同じ花が、時間とともに退色していく。
英語での呼び名を知って、うまいと思った。
yesterday-today-and-tomorrow——昨日、今日、明日。
写真をもう一度見ると、白い花のいくつかは、しおれて茶色くなりかけている。紫のほうは張りがある。二色に見えていたのは、若い花と古い花が同時に咲いていただけだった。
名前まで、そうだった
ついでに名前も調べて、二度おいしいことになった。
ニオイバンマツリは、漢字で匂蕃茉莉と書く。匂は香りがあること。蕃は外国から来たこと。そして茉莉は、モクセイ科ジャスミン属に使う字である。
つまり「香りのする、外国のジャスミン」。
ところが本体はナス科である。ジャスミンはモクセイ科なので、科からして別物だ。香りが似ているから、そう呼ばれているだけだった。
そして、うちの庭には本物のほうもいる。

ホワイトローズピカケ。八重咲きの茉莉花(マツリカ)で、ピカケはハワイでの呼び名だ。こちらが正真正銘のモクセイ科ジャスミン属である。
にせ茉莉と、本物の茉莉。同じ庭で、別々に咲いている。
で、八月に咲いた理由
最初の話に戻る。なぜボケが八月に咲いたのか。
日本植物生理学会の回答が、仕組みを説明していた。
葉でABAを多く作り、芽に輸送します
花芽が分化した後、葉が異常落葉したりしてABAの供給がなくなり、しかもその後高い気温が続いたりすると、休眠状態を経ないで成長し、開花してしまう
葉が、ブレーキをかけている。
葉がホルモンを作って花芽に送り、「まだ咲くな」と言い続けている。その葉が落ちると、ブレーキが外れる。そこに暑さが続けば、花芽は冬を待たずに動き出す。
そしてボケには、こういう性質がある。
初夏以降に病害虫のせいで葉が汚れたり落葉することが多いです
葉を落としやすい木に、この夏の暑さである。条件は揃っていた。
今日、また切った
ここまで書いておいて、白状することがある。
今日、私はまた同じことをやった。
こないだ地植えしたザクロ(スイートハニー)が茂ってきたのだが、株元から、明らかに毛色の違う葉が出ていた。ザクロの葉は細長くてつやがある。出ていたのは、もっと幅があって、縁がギザギザしていた。

株元が接ぎ木っぽい形をしていたこともあって、こう考えた。
——台木のひこばえだろう。
切った。
私は株立ち仕立てが好きだ。株元から何本か立ち上がっている姿のほうが、幹一本より好みである。ザクロはもともとヤゴがよく出る木で、株立ちにしやすい。
ただ、そこにはルールを決めている。
株立ちにしたい木は、最初から挿し木の苗を買う。接ぎ木の苗は選ばない。
そして接ぎ木の苗を買ったときは、きちんと一本仕立てにする。台木から出たものを残せば、いずれ台木のほうが勝ってしまうからだ。
つまり私の中では、判断は先に済んでいる。接ぎ木の株元から出てきたものは、迷わず切る。
今回、株元が接ぎ木っぽく見えた。だから切った。ルールどおりである。
ボケで同じ見立てをして、同じように外した人間が、である。
ただ、今回は結果が違った。
切った葉をよく見ると、一か所から小葉が五枚、放射状に出ている。複葉だった。ザクロの葉は一枚ずつつく単葉である。単葉と複葉は、見間違いではなく、つくりが違う。

台木でも、徒長枝でも、複葉にはならない。
ひこばえですら、なかった。
おそらくヤブガラシ。五枚の小葉からなる鳥足状複葉、縁は鋸歯、地下に太い根茎があって地中を這い、あちこちから茎を出す。株元から生えていたのは、そのためだ。
漢字で書くと、藪枯らし。名前のとおり、絡みついて相手を枯らしにいく草である。ザクロを覆う気だったことになる。
切ったのは、正解だった。しかも必要な処置だった。
ただし、理由は間違っていた。台木を止めたのではなく、侵入者を追い出していた。
そして地下茎で広がる草なので、また出てくる。
間違った理由で、正しいことをしていた
二回とも、「ひこばえだ」と思った。
一回目は咲き分けで、二回目は藪枯らしだった。同じ疑いで、同じはさみで、まるで違うものを切っていた。
ただ、ここは正直に書いておきたい。
赤い枝を切ったこと自体は、正解だったと思っている。
もともとピンクの木として買った。ピンクだけでも、じゅうぶん満足していた。咲き分けは嬉しい誤算のほうである。
そして調べたことを、もう一度並べるとこうなる。
赤は優勢である。花色を考えずに剪定すると、徐々に赤ばかりになる。トキワマンサクの販売元も、赤い枝が増えると赤が勝つから白主体の枝を選んで出している、と言っていた。
赤を意識して切らないと、赤に押される。
放置は、二色を保つ方法ではない。放置すると一色になる。二色でいてほしいなら、こちらが毎年、赤を減らしにいくしかない。
間違った理由で始めた剪定が、結果として正しい管理になっていた。これからは理由を分かったうえで、同じことをする。
集めたのではなく、集まってきた
ここまで書いて、庭を見返して、気づいたことがある。
うちには、二色の木ばかりある。
赤とピンクが混ざるボケ。白と紅が混ざるトキワマンサク。紫と白が並ぶニオイバンマツリ。
集めたつもりはない。並べてみて、はじめて気づいた。
狙って買った二色は、トキワマンサクだけである。
ニオイバンマツリは、買うまで知らなかった。色が変わる花だということを、あとから知った。ボケにいたっては、勝手にそうなった。ピンクの木として買って、勝手に赤を出してきた。
つまり、私が集めたのではない。集まってきた。
そして家の中には、白と黒の犬がいる。ボストンテリアという、白黒のバイカラーの犬だ。どの色の服を着ても必ず負ける、あの毛の持ち主である。
この犬種には愛称がある。アメリカン・ジェントルマン。
由来を知って、笑ってしまった。白黒の模様がタキシードを着た紳士に見えるから、だそうだ。
胸元だけ白くて、あとは黒い。言われてみれば、たしかにそう見える。
二色の木を選んで、二色の犬を飼って、しかもその柄には正装の名前がついていた。
二色は、いい。咲けば喜びが二倍になるし、抜ければ毛も二色ぶん落ちる。
四月に、この木の枝と格闘した話を書いた。棘が痛い、後処理が面倒だ、という話だった。あのとき私は、この木の花を一枚も載せていない。
今日はじめて、花の顔を出す。八月の、季節外れの花である。
そして来年の春、また赤が出たら、今度は迷わず切る。
| 木 | ボケ(木市で購入・品種名なし)/トキワマンサク/ニオイバンマツリ/ホワイトローズピカケ(茉莉花) |
| 出来事 | 八月にボケが季節外れに開花(ピンクのみ) |
| 咲き分け | 同じ株から違う色の花が咲く現象。ボケでは三十五品種が咲き分け品種として登録されている |
| 🔴維持のコツ | 赤が優勢。花色を考えずに剪定すると徐々に赤花ばかりになる。二色を保ちたいなら、赤い枝を意識して減らす。放置すると一色になる |
| 紛らわしいもの | ニオイバンマツリは咲き分けではなく、同じ花が紫から白へ退色する(英名 yesterday-today-and-tomorrow) |
| 季節外れの開花 | 葉が作るABAが花芽の休眠を保っている。異常落葉と高温でブレーキが外れると咲く |
| ついでに判明 | 株元の「ひこばえ」はヤブガラシだった(ザクロは単葉/ヤブガラシは五小葉の鳥足状複葉) |
| うんちく | ボストンテリアの愛称「アメリカン・ジェントルマン」は、白黒の模様がタキシードを着た紳士に見えることに由来する |
今日も角砂糖ひとカケ🧊
二色だと、喜びも倍になる。