💧 水辺のしらべ

パイロット、緊急発進。

断捨離してウォークインクローゼットが空いたので、激狭の書斎ができた。

そこに米びつの水槽を置いた。種から水草を育てて、水を入れて、真ん中が禿げたのをブロックとマンホールでごまかして、廃墟みたいな景色にした。飽きたら百八十度回して、反対側の猫といちごを見る。同じ水槽で二種類の景色が楽しめる、という設計だった。

そこまでは、よかった。

書斎の机に置かれた丸い米びつ水槽。水草が茂り、ブロックとマンホールの飾りが沈んでいる。手前には色とりどりの貝殻

そのあと、放っておいた

書斎に行かなくなった。

いや、正確に言うと、行くには行く。ただ水槽のことは忘れている。思い出したときに、蒸発したぶんの水だけ足す。それだけを、何週間か続けていた。

しかも書斎には冷房がない。夏のウォークインクローゼットである。人間が長居できる場所ではない。

ある日、覗いた

動いていた。

水草ではない。メダカも入れていない。なのに、細いものが何匹も、上下にくねくねしている。

ボウフラだった。

水槽の中を漂うボウフラ。細長い体が水面近くで斜めにぶら下がっている

隣は、寝室である

ここで血の気が引いた。

うちの書斎は寝室のとなりにある。つまり、この水槽で育ったボウフラは、羽化したらそのまま隣で寝ている人間のところへ行く。

調べたら、蚊は水面に卵を産んで、二日でボウフラになる。そこから二週間ほどで蚊になる。夏の高い水温だと、もっと早い。十日くらいで飛ぶこともあるらしい。

いつから湧いていたのか分からない。カウントダウンの残りが分からない。

生体を入れれば、食べてくれる

メダカがボウフラを食べるのは知っていた。入れればいい。

ただ、ひとつ問題があった。

この水槽には、まだ一度も生体を入れていない。

水草だけで回してきた水である。バクテリアが定着しているかどうか、確かめたことがない。そして私は、五月にエビを全滅させたばかりだった。水質が安定する前に入れて、しっぽが赤くなって、全員死んだ。

だから本当は、慎重にいきたかった。

エンドラー。ランプアイ。ブルーベルベットシュリンプ。どれもメイン水槽にいて、書斎の水槽にも入れたいとずっと思っていた。時間をかけて水を合わせて、そっと迎え入れる。そういう計画だった。

でも、そんなことをしている間に羽化する。

吸われる前に、なんとかしないと。

メダカを、掬った

メイン水槽から成魚をすくって、書斎の水槽に入れた。水合わせもろくにしていない。緊急事態だった。

翌朝。

ボウフラは、いなくなっていた。

水槽の中を泳ぐ二匹のメダカ。手前には水草、奥にブロックとマンホールの飾り

一匹残らず。あれだけくねくねしていたのが、きれいに消えている。メダカは何事もなかったような顔で泳いでいた。

調べたら、正解だったらしい

あとで知ったのだけれど、新しく立ち上げた水槽に最初に入れる魚を「パイロットフィッシュ」と呼ぶらしい。そういう魚種がいるわけではなく、どんな環境でも耐えられる丈夫な種を選んで、そう呼ぶ。

役目は二つある。ひとつは、その水で生き物が飼えるかを確かめること。もうひとつは、フンや食べ残しからアンモニアを出して、バクテリアの餌にすること。そうしてアンモニアを亜硝酸に、亜硝酸を硝酸に変える流れができあがる。

そして定番として名前が挙がるのが、アカヒレとメダカだった。

……焦って掬ってきたやつが、教科書どおりの人選だった。

水草が茂った水槽の中。ブロックとマンホールの飾りのあいだをメダカが泳いでいる

エンドラーもランプアイもシュリンプも、あの水にいきなり入れていたら、たぶん五月の再現になっていた。じっくり考えていたら、たぶん間違えていた。

ついでに知った、こわい話

ボウフラは、食べられるだけの存在ではないらしい。

メダカの卵や、生まれて二週間以内の稚魚は、逆にボウフラに食べられる。大きさが逆転すると、食う側と食われる側が入れ替わる。

うちは成魚を入れたので事なきを得たけれど、もし稚魚を入れていたら、逆に減らされていたかもしれない。

慌てて掬った手が、たまたま大きいのを選んでいた。

記録カード

ボウフラ→蚊卵から2日でボウフラ、そこから2週間ほどで蚊。夏の高水温だと10日ほどのことも
天敵メダカの成魚。入れた翌朝には消えていた
⚠️注意卵や生後2週間以内の稚魚は、逆にボウフラに食べられる。入れるなら成魚
パイロットフィッシュ立ち上げた水槽に最初に入れる丈夫な魚のこと。特定の魚種ではない
役目①その水で飼えるか確かめる ②フンからアンモニアを出してバクテリアを育てる
定番アカヒレ(コイ科の温帯魚。低水温にも強い)、メダカ
🔴本来は緊急でなければ、きちんと水合わせしてから入れること。うちは真似しないでほしい例

今日も角砂糖ひとカケ🧊
危うく、こっちが餌になるところだった。