うちの庭の木は、口が堅い。
キンモクセイは、十五年黙っている。スターフルーツは、十年。岩つつじにいたっては、一言も喋らないまま出ていった。
近所の木は、秋になればちゃんと喋る。香りで喋る。玄関を出た瞬間に「今年もどうも」と言ってくる。
うちの庭だけが、やけに静かなのだ。
五月、しびれを切らした
十五年待っても咲かないので、別のキンモクセイを買った。(そのときの話はこちら)
咲かないキンモクセイの対策として、別のキンモクセイを買う。理屈になっていないが、そういう気分の日もある。フレグランスレッドという、紅い花の咲く品種だった。
ついでに、庭のキンモクセイの枝も挿し木にした。
鉢で咲けば、悪いのは庭。鉢でも咲かなければ、そういう木。これで十五年の口を割らせるつもりだった。
三か月後

買った苗が、枯れた。
夏の水切れだと思う。チップを敷いてマルチングまでしていたのに、間に合わなかった。
そして取り調べ役だった挿し木も、一緒に死んだ。

生き残ったのは、鉢上げのときに切って挿しておいた、買った苗のほうの枝。謎とは何の関係もない、ただのおまけである。
本命が消えて、おまけだけが残った。親は枯れたのに、枝のほうは元気にしている。
十五年の謎は、また持ち越しになった。
隣を見た
枯れた鉢を片付けながら、なんとなく顔を上げた。
スターフルーツが立っていた。

去年の雪で葉が全部落ちて、もう駄目だろうと思っていたら春に芽が出た木だ。あのときは本気で感動した。(そのときの話はこちら)
常緑樹が丸坊主になったら、たいていの人は終わったと思う。私もそう思った。
あとで知ったのだけれど、常緑樹にも、寒さに当たると葉を落とすものがあるらしい。枯れていたのではなく、脱いでいただけだった。
知らなかったぶん、春の芽は余計にうれしかった。

いまは見上げるほど茂っている。元気だ。とても元気だ。
そういえばこの木、花を見たことがない。
実も、一度もならない。葉だけは毎年ちゃんと出すのに、花の話は一切しない。
ひとつ弁護しておくと、この木は買った苗ではなく、食べた実の種から育てたものだ。種から育てた果樹は、接ぎ木の苗よりずっと長いあいだ実をつけない。十年でも足りないことがあるらしいので、こちらは単に、まだ順番が来ていないだけかもしれない。
十五年黙っているキンモクセイと、十年黙っているスターフルーツ。寄せ植えくらいの距離で、並んで黙っている。
三本目がいた
ここまで来て、思い出してしまった。
岩つつじ。春に紅紫色の花を咲かせる、ミツバツツジの別名だ。近所では、よそのお宅で毎年咲いている。
うちのは、一度も咲かないまま生涯を終えた。
思い出したくない思い出し方だった。
黙っている木が、三本。なかなか口の堅い庭である。
近所は喋るのに
ここが引っかかった。
同じ地域、同じ気候、同じ土。なのに近所の木はちゃんと喋って、うちの木だけ黙っている。
だとすると、悪いのは木ではなく、庭のほうではないか。
そう思って、ようやくちゃんと調べた。
取り調べの結果
剪定は、シロだった。
花木の多くは、花のあとに伸びた枝に翌年の花芽をつける。だから夏以降に切ると、翌年ぶんを落とす。うちが庭をばっさりやったのは四月で、これはほぼ全員にとって適期だった。(そのときの死闘はこちら)
というより、それ以前の十五年は覚えていない。切った年もあった気がするし、放っていた年もあった気がする。覚えていない程度にしか切っていないなら、花芽を落としようがない。
肥料も、シロだった。
窒素が多いと葉ばかり茂って花がつかない、という話がある。でもうちは十五年、肥料を一度もやっていない。やりすぎようがない。
……ここで、手が止まった。
やっていない、が答えだった
花芽を作るのに要るのは、リン酸だ。「花肥」と呼ばれる。
そして調べて、背筋が伸びた。
うちの土は火山灰でできている。九州にはこの手の土が多い。水はけがいいのが取り柄で、そのぶん痩せている。しかも火山灰の土は、リン酸を掴んで離さない。根が吸える形のリン酸が、極端に少なくなるらしい。だから火山灰の土で作物を育てるときは、他の土の何倍もリン酸を入れるのが最重要だとされている。
腐葉土は我流でいくらか混ぜた。でも腐葉土は、ふかふかにはしてくれても、リン酸はほとんど持っていない。
つまり——十五年間、花を咲かせるためのごはんを、一度もあげていなかった。
近所が咲いてうちが咲かないのは、たぶん、近所は普通に肥料をやっているからだ。
日当たりも怪しい。うちの木は寄せ植えくらいの距離で並んでいて、互いに日を奪い合っている節がある。ただ、それにしても十五年ごはん抜きは、さすがに分が悪い。
黙っていたのは
犯人が分かったなら入れればいい、と言いたいところだが、いまは八月である。真夏の施肥は根を傷める。適期は花が終わったあとの十月から十一月か、寒肥の二月から三月。
十五年待ったのに、あと二か月待てと言われている。
秋になったら、まず土を測ろうと思う。十五年推理していて、一度も測っていなかったことに、今日気がついた。
土壌酸度計や、リン酸まで測れる簡易の検査キットが、ホームセンターや通販で手に入るらしい。推理より、たぶんそっちが早い。
黙っていたのは、木のほうじゃなかった。
花が咲かない木、疑う順番
うちの捜査で潰していった順に並べておく。上から見ていくと早い。
| 順 | 疑うところ | 見分け方・対処 |
|---|---|---|
| 1 | 剪定の時期 | 夏以降に切っていないか。多くの花木は花後に伸びた枝へ翌年の花芽をつけるので、夏の剪定は花芽ごと落とす |
| 2 | 日当たり | 半日以上日が当たっているか。密植して互いに日を奪い合っていないか |
| 3 | 窒素のやりすぎ | 葉ばかり茂って花がつかないのが典型。肥料を控える |
| 4 | リン酸の不足 | 逆に何もやっていない場合。火山灰質の土はリン酸が固定されるので特に要注意。施肥の適期は花後(10〜11月)か寒肥(2〜3月) |
| 5 | 木の年齢 | 若い木や、種から育てた実生の木は、そもそもまだ咲く歳ではないことがある |
うちの花木の剪定カレンダー
調べたついでに、うちにいる木の適期をまとめておく。共通ルールは「花が終わったらすぐ切る/夏以降に切ると翌年ぶんを落とす」。
| 木 | 翌年の花芽ができる時期 | 剪定の適期 | 切ってはいけない時期 |
|---|---|---|---|
| キンモクセイ | 7〜8月に分化 | 花後10〜11月、または2〜3月 | 6月以降の強剪定 |
| 岩つつじ(ミツバツツジ) | 夏(花後に伸びた枝先) | 花後すぐ 5〜6月上旬 | 6月下旬以降 |
| 沈丁花 | 5月ごろ | 花後すぐ 3月下旬〜4月 | 初夏以降 |
| クチナシ | 花後に伸びた枝につく | 6月中旬〜7月上旬 | 8月以降 |
| ロウバイ | 春〜夏 | 花後 2〜3月 | 夏以降 |
沈丁花だけ注意がひとつ。ウイルスに弱いので、剪定バサミは使う前に消毒すること。使い回すと病気が移る。
今日も角砂糖ひとカケ🧊
十五年、黙らせていたのはこっちだった。