キンモクセイが、咲いた。
うちの庭の、あのキンモクセイである。十五年近く、一度も咲かなかった木だ。

このあいだの記事で、「うちの木は、黙っている」と書いたばかりだった。(→よそは、香る。)
その記事が出た直後に、つぼみを見つけた。
絶対、咲かないと思ってた
正直に言うと、今年も咲かないと思っていた。絶対に。
あまりに咲かないので、途中からは、そもそもキンモクセイですらないのでは、と疑いはじめていた。
私は知らないうちに、カッコウのヒナを育てていたのかもしれない。キンモクセイのふりをして、葉っぱだけ茂らせる何かを。
ちゃんと、キンモクセイだった。
別のキンモクセイ、のはずだった
この春、しびれを切らして、フレグランスレッドという品種の苗を買った。「咲かないなら、別のキンモクセイを買えばいい」という、やや投げやりな作戦だった。(→フレグランス、咲くまで待てないときもある。)
その苗は、夏に枯れた。苗から取った挿し木が二本残ったけれど、親木の足元に植えたほうも、鉢に残したほうも、どうもだめっぽい。(→残ったのは、香る木だけ。)
そして最近、ふと気になって、昔の注文履歴を掘り返してみた。この木を、何という名前で買ったのか。
出てきた名前は、フレグランスレッドだった。
別のキンモクセイを買ったつもりで、同じキンモクセイを買っていた。
代わりは枯れて、おまけもだめっぽい。最後に残ったのは、十五年近く黙っていた本人だった。
黙っていられなくなった?
なぜ今年なのかは、分からない。
この秋は、すぐ近くに立っているスターフルーツも、十年目にして初めて咲いた。(→十年目に、口を割った。)釣られたのかもしれない。
それとも、今年は植える場所がなくなるほど、庭にいろいろ植えたからだろうか。だんまり組も、さすがに黙っていられなくなったのかもしれない。
もしかして、悲鳴?
八月に「口の堅い三本」と書いた木のうち、残っていた二本が、この秋そろって口を割ったことになる。(→咲かない庭。)
秋は、少し寂しいけれど
秋は、少し寂しい季節だと思う。日が短くなって、庭が少しずつ静かになっていく。
でも今年の秋は、少し前向きだ。
咲かなかった花が咲くと、気持ちまで前を向く。もう無いと思っていたことが、起きたからだと思う。
咲いたのは、写真の一房だけ。ひとつまみくらいの花なので、香りも、ほんのりだった。
でも、ちゃんといい香りがした。チンモクセイの、いい香り。
よその木は、毎年「今年もどうも」と香りで言ってくる。
今年は、うちの木も言った。小さな声で。
この話、曲にもなりました(作ったときは、まだ黙っていました)。🎵 チンモクセイ(Spotifyで聴く)
今日のひとかけ🧊
今年の秋は、なんか前向き。